12月13日 

自分の思考をこうやって、ただ垂れ流すのもわるくないのかもしれない。おれはこれをするのが楽しいし、これをみてくれる人(もし奇跡的にいれば)、そして同じような状況であれば、同じような考え事をしていたら、なにかの足しくらいにはなるんじゃないかと思うからだ。

何の足しになるかは色々あるだろうからわからないが。

 

結局、一緒にいてくれた子とは話をした。今日の深夜の話だ。おれは言うことがコロコロ変わるし、思うこともコロコロ変わる気がしている。

やはり自分は、他の女の子や、セックスや、そういった冒険を、そういった冒険に対しての執着、(とも呼べるだろう)もしくは憧れ、それを手放すことができないし、まだしたくないんだと思う。それは諦めだ。本当にしたいこと(理由なんてどうだっていい)、ただ自分が憧れるもの、それをただ追い求める姿勢、それを捨てるとき、それは死ぬときだけでいい。死ぬときは全てなにもないんじゃないかと、今はそう思うからだ。

 

という風に思えたのは、ただ彼女と話したことだけがきっかけではなかった。

単発のバイトで入ったところで、世界一周をしてきた男と話をしたのだ。彼は、サッカーボール片手に、世界を回ってきたと言う。今は帰国して、日本の企業に就職した。

「また世界に戻りたいと思わないのかい。」

「もうやりきったからね。それはないよ。」

そんな会話をした。そのときに思ったのだ。やり切らなければいけない。その先に見える景色がある。

 

そんなことを言いながら、(いや、わかっていたつもりだった)もう数年が、と言うか踏ん切りがつかなかった期間は、かなりあった。この一年は、特にそうだ。

もう年末か。正直、2018年が始まったのが、3日前なんじゃないかと言うような錯覚にかられる。でももう残すところは今日をいれて19日。生きてきた中で最速の一年だった。何をしていたかと聞かれると、わからない。

ただ、金を稼ぐということ、そして自分がなにをしたいのかということに対する強烈な思考。

この二つに尽きる。つまりは、ただ悩んでいた、と言うわけだ。悩んでいたら、知らないまに一年が三日のスピードで終わっていた(終わりにさしかかっていた)と言うわけだ。

 

おれが習ったこと(少なくとも今気付けていること)は、これだ。

なんであれ、自分に正直であらねばならない。

それが誰かに対しての気持ちであれ、意見であれ、自分に対してであれ、なんであれだ。それが、もしその結果が、自分の望んでいないものだとしても。(いや、そう見えている、そう感じているということなのだが)正直自分の気持ちに嘘をつく以上に最悪なことはない。猛毒を自分の中に自分自身で溜め込んでいるようなもんだ。その毒によって老化し、退化し、進化をとめる。その毒によって、目が眩む。道がわからなくなる。本音と嘘の区別がつかなくなる。最悪だ。自分がこうだと言う選択。自分が自分を誇れる選択をしなければいけない。そうしなければ、「いけない。」のだ。

そうでなければ、妥協、諦めの人生になる。なぜなら自分を押し殺して、納得させなければいけないからだ。この毒は猛毒だが、即効性はない。初めはむしろ心地いいように感じる。いうならぬるま湯だ。だがその成分には注意しなければいけない。そういうことだ。

 

こういう学びを、経験を通じてしか学べないのか。つまりは体を通してと言うことになる。人の意見を取り入れる。それもいいだろう。だがそれが心に響いていなければ意味がない。また思考をしている。考えるより慣れろ、なのかもしれない。

自分の願望を疑うな。それがしたいなら、やりきればいい。それは宝であり、呪縛でもある。それをしない限りは、逃げられない。煮え切らない。なら早く終わらすべきだ。おれはただ、それをしようと言う決心が、これだけの経験をしなければ生まれなかったのかもしれない。一年間を嘘と隣り合わせに過ごした経験。嘘を付いていたと伝えた時の、相手への影響。

おれは女の子が好きだ。だけどこんな風にお互いが不幸になるシナリオなんて、必要ない。歴史が証明しているのか。おれが賢者なら、人の経験から学べたのか。あいにくおれはそんなに信仰深くはなかった。そう言う風に思える人には出会わなかった。おれはおれの気持ちに正直になれさえすればいいのだろう。そしてそれを、その結果がなんであれ、それを選択することが重要なのだ。

 

自分の経験を通して学ぶ

自分がこうなりたいというようになれるロジックを探す

 

経験を通して学ぶということは、オープンでなければいけない。少し危険性を感じる。なぜなら、望まない世界を見続けると、それが彼の中での真実になってしまうからだ。

本当に望むものはなんなのか。それだけを追い求めていればいい。

もうごちゃごちゃと考える、語るだけの男にはなりたくない。

おれは、自分が自分の意見の証明でありたい。自分の人生が自分という人間の証明でありたい。自分に酔えるかどうか。そういう選択をしたい。おれは全く弱い男だ。

 

彼女は、おれは彼女を縛ることはできない。

おれはおれで冒険をする。それでいい。それでいいのだ。

だがなんて心が痛いことやら。それが所有欲だろうがなんだって呼び方はいい。ただ彼女との関係があるという事実が、おれを心地よくさせている理由で、それを無くしたくないだけだ。とかなんでもいい。ただ、手放すのがきつい。

でも手放すのだ。もうこれ以上自分に嘘はつきたくないから。自分に正直でいたいから。

 

2年だ。やりきる期間は2年だ。女の子というジャンルに対して、目が眩んでいるのなんて承知だ。可愛い子が好きだ。でも中身だろう。 Beauty is common 

そんなセリフを、本当に心から、本心で言えるようになること。それがおれがしなければいけないことだ。それがおれの幸せであり、おれが将来一緒になる最高の子、そして子供、に対するリスペクトだ。もうやりきった。全部みた。でも。君なんだ。そういいたい。そう言えなければいけない。

 

実行、までがセットだ。アクションしてやっと、わかることがある。そんな当たり前のことに、やっと気づいた。本当に。おれの人生を、無駄にしたくない。元気な体、健子な頭、全てが完璧だ。できる理由もできない理由も自分次第。おれはおれの意見がある。通したい自分がいる。それをするのだ。臆病神は、洞窟に篭るのはもうやめだ。安全で暖かいが、腐る。チャレンジし続ける、彼女に負けられない。「口だけの男だった。」と、言われていいわけがない。おれはおれの証明をするのだ。おれの選択がその証明だ。後付け理由なんていらない。

12月12日 

ばかとは、自分の頭で選択をできないやつのことをいうのかもしれない。

自分の理由で選択していないことは、わけがわからない。

最近そんな感じだ。

 

自分の周りにも、自分の意見で選択をしないやつばかりがいるように見える。

誰かの請負だ。それも、その人やその団体が言っていることをただ鵜呑みにしているようなばかばっかりだ。

そんなばかに、おれがなっていたということだろう。いや、なりかけていた。

違和感はずっとあった。

これはおれじゃない。おれは、ずっと自分の答えを考えてきた。

納得しないまま、選択することはなかった。全てが、もっとスムーズに見えていた。

この違いは、自分の選択をしているかというところから生まれているんじゃないかという結論に至った。

 

ある人生での正解みたいなものを提供しようとしている奴ら、団体は、自分の意見をもてといいながら、それらの意見をただ鵜呑みにさせようとしている。いや、そんな風におれがすがってしまっていたのかもしれない。

ただ人生を楽に、簡単に、生きたかった。正解を求めていたのか。

 

だが今や、自分の選択をすることがこわくなってしまった。

「もしかしたらおれの選択は、間違っているんじゃないか。」

つまり、もっといい選択があるんじゃないか。と、探しても出ない答えを思い続ける。それが頭の片隅から離れない。

 

なぜその選択をするのかl、それがいつもぼやぼやしている。

「これでいいのか。」そんなつぶやきが、おれの頭から離れない。

じゃあどうなっているのが正解、というか選択だと思うのか。

 

心に従っているかどうか。

これがやっかいだった。これは、本当に自分のしたいことを選択しているかということだ。心、というと、下がっている時もそれが心になってしまう。言葉の定義というものはやっかいだ。

だけど同じように、

選択や経験は、自分の視点次第だ。環境は関係ない。

という意見もでてきた。これまたややこしい。

じゃあおれが今したくないと思っている選択も、

めちゃくちゃおれが望んでいる選択になることになる。

だがおれの本音は、「環境のせいじゃないなら、そんなことを言っているやつは一生牢獄の中でも同じ幸せ度で過ごせるのか。」といういことだ。

意識的にそんなことをしているやつじゃないと、なんの説得力もない論理だ。

少なくとも、今はそんなことができるようには感じられない。自分次第。まあ確かにそうなのかもしれないが。

 

ロボットみたいによく頑張って生きてる。

シフトなどは、こんな風に見える。いつも約束を破ることがこわかった。気が変わるのだ。だから、シフトなんてものは糞食らえだ。あんなものは、先に決められた型の中に自分の無限大の人生という材料をくり取られている感覚だ。

あるいはそれも悪くはないのかもしれないが。なぜ?

 

ここでまたやっかいなものがある。

「理由なんてないからね。」

こんな言葉も信じているのか、いや、頭にでてくる、そしてそれがどうかなどと検討したことなんてなかった。

だが全部が全部じゃない。理由がある時もある。あるいはそう信じている時点ではある。のか。思考が全てをつくっているということ。

それも検討しなければいけない。

盲目的にすがるということは、全て積み上げてきた裏付けのある自分の世界観を、手放し、どれが自分と合致しているのか、全くわからなくなることらしい。

今は、本当にただわけがわからなすぎて、こわすぎる。どうやら理解、というものをしていないと怖いらしい。

では、理解とか、なんなのか?何を理解と言っているのか。

つまり、わかった!こうだ!、ということ。信じるもの。があるということ。だろう。

どうしてもただ信じるなんてことはできないと、今更にして気づいたのだった。

そしてどこから始めればいいのかさえわからない。

 

自分の信念、信じていることが、どこへ自分を連れて行くのかはわからない。それが望む経験をつくるために機能しているのかということだ。それが、もし望む方向でないなら、捨て去るべきだ。

その、試す、捨て去る、という一連の流れ。これをしないと、当たり前だが(今気づいた)、人生はよくはなっていかない。

 

思考が経験をつくり、経験が信念をつくり、、、というやつ。

ならまず自分の経験を疑うようになる。これはおれの思考、いや視点から生まれているものなのか。だとすれば、コンビニでのバイトと同等に、めちゃくちゃホットな子とセックスしたということが、同等の感動をえる理由になるということだ。

だがそれができるとなると、自分とは一体なんなのか。自分という特徴、〜が好きで、〜に感動して、なんていうのは、全部うそっぱちなのか。いや、ただの1視点でしかないということになるのか。色々な視点の中で、その視点が自分にあっているということなのか。その視点探しをするために生まれてきたのか、いや、それを探し続けることが人生をどこまでもよくしていく秘訣なのか。

なら本当にしたいことをする必要もなくなるということなのか。

本当にしたいこと、ということ自体が、視点の問題だということなのか。

視点、というのは、物事に対する自分の見方、意見、ということだ。としたら、それをいろんなものを持っていれば、どんな経験であれ、何をするにしても、自由でいられるということなのか。

 

ならば、人の意見をいれないために文字をあえて読まない、などという人がいるということは、何を意味するのか。天命というやつなのか。もう一つの自分の存在を認め、それにただ従順になるということなのか。

いや、脳にただ命令をおくれば、それに対応する答えを運んできてくれるというやつなのだろうか。つまり、ただどこかのタイミングで自分に必要なものを届けてくれる。

 

誰が言っている、というのは関係ない。自分がその意見をどう感じるかだ。

だとすれば、それを信じたいかどうかだろう。

信じたくないことは信じる必要はない。なぜなら、それが真実だということを誰も証明できないからだ。これはもう納得している。

 

宇宙、つまり自分の脳に命令を送り、ただ信じて待つ、ということが新しいやり方だった。だが、疑えば、それだけ答えをブロックしているということになる。ということだった。

信じることができなかった。ただ、むずかしかった。お金の焦り、本当にそうなのかという疑惑、それらを払拭しようと、無理矢理に信じ込ませようとしていた。それができれば楽なのだろうと、そう願いながら、、、

だがそれは自分、でまったく考えなくなるということだ。それがどういう状況なのかというと、ただ望むものをオーダーし、自分は何もせずだらだらと過ごす、とこういうことだ。

いや、おれは経験がしたい。生きているなら、いろんな経験がしたい。おれが思い描く頭の中の地図、そのイメージを実際にみたい。それをみたいのだ。

ただ待っていることなんて、おれにはできない。そんなのは餃子の皮を包んだ状態で、勝手に焼ければいいな皿の上で眺めているようなもんだ。なぜ餃子なのかはわからない。

 

わからないことはばかなのか。いいことなのか。それともよくないことなのか。

わかってない方がいいこともある。例えば、いらない思い込みなどだ。そんなのは行動や選択の邪魔になるだけだからだ。

わかっている方がいい、ということもあるだろう。

それはいい思い込み、か。信じたいことを信じられるロジック、そういういい状態に自分を保てる理由を持っている。そんな状況かもしれない。

 

だが正直、それも滑稽だ。自分が信じたくないロジック、世界観を持っているやつが必ず存在しているからだ。

理由なんてなく信じていることもできるだろうい。理由なくそうじゃない、ということもできるだろう。だが、なんとなく、それでは脆い気がしている。

そういう奴らとは一生関われないし、関わっても、そっちに引っ張られてしまうことになる。というのはその意見に影響させるなら。今のおれの状態だと、影響されやすい。それは感じている。だから自分のものが欲しいのだ。というかそれしか安心できないし、機能しない。自分の人生とはそういうことなのかもしれない。自分が必要なピースを、自分仕様にして紡いでいく。

必要なピースはあった。いつでも見つけられるだろう。

だが、それを自分仕様にというところを怠っていたのかもしれない。自分の頭で、言葉で理解をするということ。インストールするということ。ダウンロードするということ。

 

おれたちのこの思考、言葉は、誰かの受けおり。

または、自分がハッと、気づいたこと。この二つだろう。

一つ目の誰かから、というのが、ほとんどなのではないか。

では二つ目のものは?それだけが正解かのように思える。

どっちかが、というのはないのかもしれない。

どういう風におれたちの心は、感情は生まれるのか。

確か自分の意見に照らし合わせて反応する、ということだった。

死を喜ばしいと思っているか、悲しいと思っているか。

その意見の違い。

それはどこからきたかというと、習ったものである。ということ。

じゃあ何かをしたい!というあの高揚する気持ちは?

その理由なんて、といいかけたが。それが重要なのではないか。

なぜそれをしたいのか。

それがブレていると、人生はよくはならない。〜が怖いから、代わりにこれをしたい。でもそれが本当にしたいことなのか。。

おれにはあの子が無理だからあの子でいい。それが本当に望んでいることなのか。

最高にホットなこと最高なデートをするというのが、望んでいることじゃないのか。

そんなすり替えを、多くしている気がする。そこにもいろんな思い込みが潜んでいる。いろんな理由が潜んでいる。それらを信じる必要などないにも関わらず、、、

 

つまりは空想のプロになれということなのだろう。どんな経験、状況であれ、自分が最高に楽しい状況である、というストーリー。それが絶対にある。それも一つじゃない。それが選択肢を広げるということ。人生の展開を広げるということ。

そんなのはただの妥協じゃないのか。したくないことをしたくないとは言えず、認められず、こじつけでそう思いこませようとしているだけじゃないのか。

思いこませようとと考えてしまうようなロジックならまだダメだということだと、おれは思う。思いこませようとしていたのがこれまでだ。この一年間。ほとんど何も覚えていない。ただ真っ暗だった。思考が曇っていた。経験の裏ずけがない空論のようなものだけが、ちらほら、ばらばらと、整理もされずに転がり込んでいたような感じだ。どれでどう遊べばいいのかなんてわからなかった。わかろうともしていなかった。その気力がなくなっていた。正直に生きていなかったからだろうか。正直とはなんなのか。

 

では、正直とはなんなのか。それをそう思ったこと、感じたことをそのまま受け止められるということ。それをまずしないまま、違う感じ方をしようと奮闘していた、それが不幸の原因なのではないか。

まずはどう思ってもいい。そこから、自分のロジックを組み立てる。こんなことはずっとしてきていたように感じる。なぜ急にできなくなったのか。

何かを、”信じた”。ということなのだろう。信じた、というのは、それ以外の答えを探し求めることを、そこ以外の枠組み、世界観以外をシャットアウトした、そういうことだろう。

だがそれだけが、おれの、おれという個人の人生において、ずっと完璧に調和する訳ではない。それなら、人間は全て同じ思想をもつことになる。全員が同じ思想を。だがそれで人間が幸せに生きれていないことは、歴史が、今の状況が証明している。(少なくとも今は)

全員にあう世界観があると信じて、それを広めようとするのが宗教だ。だがそれは全員がそうあるべきだとは、おれは思わない。絶対的な自由がある。絶対的な善悪はないと、おれは信じる。

 

なら殺人などはどうなるのか。それをしたいからした。そんな理由でいいことにならないか。

正直、そういう突発的なことは、対応しようがない。人間とはどこまでいっても自由なのだろう。そういう事件などを生み出すまでに、あらゆる原因が潜んでいる。その歪みたちの結果なのではないか。

それ以外の選択肢が見えなくなってしまった。そんなところだろう。

 

波動が合わない人たちとは会えない。

波動が合わないと会えない。この言葉は、こんな風に思わせる。

なら世界の問題など、改善のしようがあることは、誰が改善するのか。その問題の波動域にいる人たちしかそこに出会えない、ということなら、誰がどうやってそれらを解決してきたのか。あるいはそれを解決と呼ぶのか。全員が目をそれせばいいということなのか。

全員が、何を望むかという方に目をそらすということか。そこから解決策が生まれるということなのか。でもそもそもその問題たちを認識する必要がないのか。認識だけしてあとは目をいい方にそらすということなのか。

 

世界や人の状態によって左右されていたように思う。誰かが元気がなかったから、ニュースでこんなことを言っていたから、こんなことがあったから、、、

全部、何かのせいにしている。わるい癖だ。全く正反対になってしまったようだ。おれはこんな無能じゃない。全部おれ風に仕上げるのがおれだ。雨が降ってようが晴れだというのがおれだ。

外側に依存するようになったのは、どうしてなのか。やはり信じることを、自分の外に置いたあたりからなのではないか。色々な理由、視点が今は知りたい。知る必要がある。

 

同居人について、おれはずっとこの一年間、寂しさからセフレと同居していた。もうその選択が間違っていた。というのは、理由が寂しさから、ということだからだ。好きでもない女の子と、将来について適当に語り合う、自分の人生はよくならない。そのはずだった。本心からいたくもない女の子と、一年間も過ごしていたのだから。

おれはもっと笑いたかったし、もっと気が合うこといたかった。だけど、それがこわかった。もしこの子が一番よかったら。もし、、もし、、、

そういう自分の選択に責任を、というか、それでという自信がなかったし、今はもっとない。正直別れたいし、離れた方がいいのだろうと思う、が同時に、これだけの時間を費やしたのに、これだけ一緒にいたのに、

もしあとで一番いいとなったら?今別れることを後悔したら?

そんな思考が邪魔をしているのは確かだ。

自分の自信のなさだ。

色々といやな理由はあるし、不安になる理由もある。

だが、自信のない状態での選択が、果たして、それにひきづられている選択が、本当にいいものなのだろうか。

 

おれは将来、誰でも落とせる、幸せにできるという確信がないのか。そういう状態になってからこそ、結婚などはするものじゃないのか。自分の選択肢があえてあった、他にもたくさんあった、全部納得した、その先にあるものじゃないのか。

少なくとも、昔のおれはそう思っていたし、今も、やっぱりそう思う。やっぱりそう思う。

おれは世界中の女の子とセックスがしたいし、まだ23で、(というか歳ってよりかはただセックスがしたいという欲が純粋にある)まだまだ開拓したい。おれの知らない世界がまだまだある。死にたくない。今は生ける屍だ。なぜかって?セックスをしていないからだ。

セックスも金と同じだ。宗教(人々が勝手に信じ込んんでいること)が絡んでいる。

神聖なものと捉えるもの、スポーツと捉えるもの、わるいこと、いいことなどと捉えるもの。色々だ。

そのどれもが正解であり、不正解だ。だがおれの人生に置いてのセックスは、おれだけにしかわからない。わからないというか、おれだけにしか決めることができない。

おれにとってのセックス。正直そんなものはどうでもいい。ただおれは、セックスをしたい、そしてその願望を肯定し続けられるだけの論理があればいい。(そしてそれはある)

諦めを選んだやつらの論理なんていらない。そんな世界は見たくない。おれはおれが愛す子と、おれが選んだ好きな子と、ただロマンスがしたいだけなんだ。

「それは今そう思っているだけだよ、後になったらそれは必要なかったって気づくよ。」などと言われても、今したいのだから仕方がない。

そういうことをいう奴は、何もしないまま死ねばいい。死ぬときには何もないのだから。そもそも何かをする必要なんてなかったのだと気づくだろう。

11月29日 続き 1

要するに、自分の気分も考慮して仕事を入れないといけないということだ。

気分が変わりすぎて、怖い。

全く予想がつかない。

 

いかに自分のことを知らないかが、わかる。

いや、ただ未来の自分へのフォローができていないだけという感じか。

いずれにせよ、めちゃくちゃだ。

 

あと2日で11月も終わる。

家賃も払えていない状況だ。

いくら稼ぐ、というのは一旦もういい気がしてきている。

ただ、毎日を、正直な気持ちで生きたい。

泥臭くても、頑張っていたい。

怠けるのは嫌だ。

動けないのは嫌だ。

 

心に従う、ということは、正しいのかもしれない。

だが、従った結果がこれだ。

動こうとしても、少しでもストップがかかれば、そっちを優先させようとしている始末だ。

だけどそこで止まるのが果たして正解なのか。

おれは自分の意思で動きたい。

ただ毎日、何かしら先へ進んでいたい。

 

くそしょうもないアルバイトをして、本当に最悪かもしれないが、それを毎日ここで消化して、感想を言っていければいいのかもしれない。

明日は、とにかく仕事が一つ決まった。

イベント運営だ。

11月29日 仕事、お金、アルバイト

お金にまつわって、色々な苦悩が出てきている。苦悩の中にいる、といった方が正確かもしれない。

お金を稼がなければ、だけどしたくないことはしたくない。

 

11月19日(月)〜24日(土)の間は、ホテルの配膳のアルバイトをしていた。

なんとなく、していることなどが、そんなに面白くなさすぎることもなく、時給もいいので行っていたという感じだ。

ところで、給料が週払いで、月曜に支払われるということだったのだが、それはパーになった。

規定で、週払い制度を使うには、一度でも遅刻をしてはいけない。欠勤してはいけない。というものがあったからだ。

7連勤目の、日曜日に、遅刻兼欠勤をしてしまったのだ。

深いため息が自分の中に漏れていた。と共に、謎の行きたくないという欲求を満たせていたおれは、ホッとしたような落ち着きも同時に感じていた。

前の日の土曜日に、クラブでオールをしていたのだった。

そのまま寝過ごしてしまったというわけだ。

 

誰も楽しそうに仕事をしていなかった。それがホテルのいやなところだった。

また、していることは当たり前だがおもしろくもなんともない。

ただ配膳をしていくだけだ。

どちらかというと人をマネジメントしたい。そんな風に思っていた。

そしてその願望は、4連勤目かのBARで叶っていた。ことを思い出した。

だけど、とにかくおもしろくないのだ。仕事が。それに嫌気がさした。

 

だからといって、他の週払いや日払をしてくれる仕事が魅力的なわけではなかった。

そうやって、一つの選択をした後に、やめるという選択をした後には、

 

ただ、

倉庫系

軽作業系

引っ越し系

イベントとうたったただの用意と片付け(設営、撤去)

コールセンター

稀に、イベント運営業務

 

などだった。

 

あとは、スキマ時間に働けるというアプリ Job Quickerでの飲食店スポットバイト

 

そして、リゾートバイトの前払い制度(50%支払い)

 

だ。

 

飲食店を色々いくのもいいかと考えていたが、

めんどくさくなってやめた。

怖かったのだ。

経験がなさすぎる。で、やつらのやたらと早々と動きたがる空気。あれが苦手だ。ましてや行ったことがない場所で、そんなことができるはずがない。そんな風に感じている。要するに自信がない。飲食店だけはずっと苦手だ。大学一年の初バイト以来。

しょうもなすぎてやめたのだった。

 

登録していたイベント運営のバイトも、キャンセルをしてしまい、おそらく職が来にくい状態だ。

次の職が確実に見つかるまで、いい関係を保つのが最善だろう。そういう風に詰める方が安心だ。

 

とにかく、お金がない。働かないと。でも、なんでもいいわけではない。最後のなんでもいいわけではない、というパートが、大発見だ。

行きたくないものは行きたくないのだ。

それを金の計算だけで、入れてしまうと、また行かないことになる。

行きたくないと思ってしまうのだ。

 

行きたくないのが当たり前だとは、思いたくない。

そんな中に、無理やり楽しみとか、いいところを見つけようとすることにも疲れた。そんなことは嘘っぱちだ。

おれは、仕事をしながらでも、ナンパがしたい。

カード契約のバイトをルミネでした時にそう思った。

やってること自体に興味はいつもなかった。

 

だが金の問題はおれにつきまとう。稼がないといけないのは事実だ。

色々なバイトをしてみよう。

そんな風に思いながら、ただ日々を過ごしていた。

色々なのはしてみたいと思うが、

1、それが続くかはわからない>続けなかった時に、謝るのが怖い。やめるのが怖い。

2、その仕事自体の、全てがおもしろくはなさそう>好きじゃない部分が目に映る

3、それをしている自分が、自分じゃないと感じる>普通、のことをしているのがおもんなすぎて、大谷歩夢じゃないという感覚

 

仕事とはそういうものなのかもしれない。と、一括りにできる人は、苦労しないだろう。

だけどおれは知っている。それだけが仕事じゃないことを。

絶対に自分が好きなことで生きていけるし、それ以外の生涯はまっぴらごめんだ。

今はただでも、お金が必要だ。

で、その稼ぎ方ややること自体が、しょうもなすぎるのだ。

週払い、日払いに限定すると、本当に求人がすくなすぎる。その中でも規定があったりして、全額ではなかったりする。

 

おれは、自分のやってることが、

自分的におもろければいいし

そうじゃなかったら嫌だ。

ネタになったならいいし、

ならないならいやだ。

そこで何かを得たいのだ。お金以外のものも。

 

今はただ、ここでこんな風に文章を書いて、

ただ嘆くことしかできない。

思った通りのことを、ここに書き留めておくことしかできない。

これ自体がネタになればいいと思う。

こんな風に感じて働いてる奴がいるということ。そして、これからどうなっていくかという記録だ。

 

続く

10月24日 チャレンジ

ただ、日にちがすぎて行っている。

まただ。これの繰り返しなのか。

そんな書き方では、またそうなるぞ。そんな声も聞こえた。今だ。

 

自分の中に、多数のキャラクターが存在していることに気づいた。

そのどれが自分で、そうじゃないのか。それがわからず、悶々としていた。

ただわからないわからないと、そのバイブスに包まれていた。

空間か。

その中にいた。”わからない”、という中にいた。

 

今はどうだ。

思い出した。

何を?

全て、やってみないといけない、じゃないとわからないってことを。そう、経験だ。したいと思うことをする経験だ。

 

昨日は、久しぶりにミャンマーに住んでいる二個上の友人と会っていた。

彼は、本当に不思議だ。

宇宙からのギフトで、そんな一日だった。

 

夕方6時から落ち合い、次の朝までぶっとうしで遊んだ。

遊びに遊んだ。詰め込んだ。

最高を求めたし、それを経験できた。全部した。

天然温泉、寿司、風俗、BAR、天然温泉つきの宿泊施設、

全てだ。The 日本 だった。

 

久しぶりだった。あの感覚。どこまでもいけるというあの感覚。妥協していないあの感覚。これだけで満足するようにと、抑制したなかで満足を感じようとしていないあの感覚。

野生の感覚。それが恋しくなったと同時に、思い出された。

全て、最高があるのだ。最高が。それが欲しいのだ。それがある。それを常に望む。そんな当たり前のことを、できていなかったことに気づいた。

 

彼の思考は面白い。

”金を借りることに抵抗は全くない。金は余ってるやつから借りればいい。”

確かにそうだ。必要ないほど持っているやつらがうようよいる。

ただそういうルートで、金を手に入れることが可能だと、わからせてくれた。

その日、350万円を現金で友人から譲り受けていた。

クレイジーだ。と思った。 だが、これが普通、でもあるのだ。

本当におもしろい。ありがとう。

 

おれは、自分がどうだったかを、本当に忘れそうだ。

忘れるというか、結構ない。どれが自分なのか。みたいなことだ。

わからない。

だけど、心は?反応するか。何かに。

それをただ、追い求めればいいのかもしれない。

一つ一つ。それしかないだろう。理想は?

それを常にみていく。理想、理想。

 

どういう自分を演じてたいのか。それだけだろう。どういう自分がいいのか。

友人と呼べる人たちは本当に少なくなってしまった。もう話し方もわからない。

ただまた会った時に、いい感じで再会したい。それだけだ。

みんな仲が悪くなった気がした。

 

人に対する、考え方を改めよう。感謝仕切れていなかった。思考が飛び飛びだな。飛び飛びだ。いろんなのが出てくる。全部OK。ただ選べばいい。

そうか、どう感じてたいのかだった。その感じ方ができる思考であればいい。おれであればいい。自分であればいい。

10月12日 続き 夜のこと 寝る前と後をちゃんとする(明晰夢、目覚め創造)

この記事のまとめ

寝る前と寝てる時のワクワク

明晰夢:意識の練習もできるし、ガイドとか天使とかなんでも会える

・気持ちいい目覚めを創造しておく

楽しいな。明晰夢とかまじで最強やろ。なんか色々開花するな絶対。意識使いを練習して、みんなに会って、楽しそう!

ありがとう。

 

ここから書き始め>

多分、寝る前と起きた直後は、どっちも大事なときだろう。どっちも違う世界にいくから。

意識が拡大している。

 

そのときに、多分色々してればいい。

夢だな。

明晰夢とか、夢の中でガイドに会うとか、欲しい答えを得るとか、色々できるはず。

朝は前の記事で書いたから、

寝る前のことを考えよう。

 

まず気分良く寝たい。

そして、夢の中、つまり寝てる状態の意識が広がっているとき、バッチリソースの状態のときに、何かねえ、そうだ、

欲しい答え、質問を問うておく。

夢の中で望むことを思考しておく。明晰夢とか、明晰夢だな。これが意識の使い方を練習できるはず一番。現実と一緒やろ。よし明晰夢

明晰夢できたら完璧やな。誰とでも会えそうやし、ガイドとか、天使とか、意識たちの色々。ええなあ。一回だけ覚醒したな確か。あんときは、ビルの横をふわふわと自分が浮いてて、そのままなんかビルの建物の間を、ふわぁ〜っと浮かびながら移動してた。まじですげえ!!って思ってたな。で、目が覚めた笑

まあ自転車とかと一緒やろ。練習してればいい。全部一緒。思い出そう。

 

あとはいい目覚めを創造するとかやな。昔は時間も操ってたしな確か。朝のかいけつゾロリを見るために、頭の中で時計をイメージして、だいたいこれくらい寝て起きるって、思考してたから、その通りに起きてた。だから全部思考次第やな。できるできる。

なんかほんまになんでもできるな。そういう感じ。そんな気がしている。思い出すだけ。

最近能力者のYoutuberとか、タイムトラベルとかの域のブロガーとか発見してたから、そこらへんまできてるな。いい感じいい感じ。

なんか明晰夢がすごいいい感じになりそうなんで、それをまず目標として、やりましょう!

ありがとう。よろしくね。

10月12日 続き 自分のペース確保 朝のこと (瞑想、鏡、願望合致エネルギー)

この記事のまとめ

朝の自分のペース確保作戦

・みつめる瞑想

・鏡のぼく

・願望エネルギー合致増幅:Iphone 8 Apple Silver 256GM :波動預託口座40万物質化

 

 

6時起床で、この三つをやってみていい組み合わせでやろうという感じ。で、いい一日のスタートをきれてる。

まさにレモンがきたらレモネード戦法。生活習慣いいのいいしな。それしたかったし。丁度いい。ワクワク。ありがとう。

 

 

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長くなったので、

他に書きたいことを書く。

 

とりあえず、自分のペースで1日を始めるのが最重要課題だ。

それができないと、1日のペースもつかめない。

それができると、つかめる。単純なことだ。

 

じゃあどうするか。朝、彼女が起きる前に起きればいい。

6時起床。どうだろうか。7時くらいには彼女は起き出す。

思考でなんとかなるだろうというのが、今の考え。

思考で、「〜時間睡眠で、6時に最高のコンディションで起きる。」と思考してみよう。

実験だ。あ〜、この感覚久しぶりだ。全部実験なんだった。よりよくするための実験。ワクワク。どうなるんだろうか、っていう問いかけ。

 

で、6時に起きると、そこから1時間あるなぁ。瞑想してもいいし、そっから本音を書き出すのをしてもいい。何をしたいか。何を考えているか。とにかく書き出す。タイピングがいいかもな。こっちのが早くてリズミカルだ。

紙だと、もうミミズどころじゃない、ただのイナズマみたいな線がいっぱい繋がってるだけになるから見直せないし、思いっきりかけない笑 かけるけど見直せないみたいな感じだ笑

 

よし、タイピングと。文明の力。リキ。ありがとう。

瞑想もだいたい時間決めてもいいかもなあ。どうだろう。集中してやらないと、って感じがしているからなあ。

どれぐらいがいいかな?

とりあえず20分、とか言いかけたけど、”とりあえず”って、ちゃんと本音聞いてないやん、とか思ってちゃんと聞いた。留まった。えらいおれ!笑

よし、どれくらいやろう?

う〜ん、てか、瞑想って言っても、いろんな瞑想があるからな。ただ見つめるのか。それか望むものを思考していくのかとか。

望むものを入れていきたいな。真っ白なところに、いいものを入れ込む。朝に浴びるといいなにか瞑想とかなんとか。あるか。よしその波動域、見つかった波動域で合致させよう。

鏡の自分に向かって、愛とか光とか、ソースエネルギーとか、入れたいことを言っていこう。多分なんか実感したいことそれぞれ。それぞれ朝のテーマな。

なんやろ。

”望むものを思考する””私は愛だ””私は光だ””私はソースエネルギーだ””私は創造主だ””ありがとう””幸せだ”

覚えてておきたいこと、存在状態。などだろう。

 

他には、望んでいる願望を感じる。その時間にしてもいいかもしれない。今願っているのは、

・Iphone8 silver 256GB Apple 

・波動預託口座40万物質化

 

の二つだ。

あー、こういう実験がおれは好きなんだった。ここで報告していくとか書いていくのが楽しいな。とりあえず全ては概念であり、思いこみで、あとは気持ちを感じてその波動になればいい。波動が合致すればいい。全てはもう在る。そこと合致させればいい。それだけの話。”永遠”という場所に、全てが在る。

 

じゃあ多分順番としては、

・願望エネルギー合致増幅

・鏡のぼく

という感じでやるか。まあやってみればいいな。でどっちがいいかわかる。

か、もしくは

・みつめる瞑想

ニュートラルにまずなって、そっから鏡とかでもいいかも。

まあこの三つの組み合わせでそれがいいかはまたやってくうちにわかるだろう。